2011年 04月 11日
問題分析型の思考と解決策集中型の思考 |
今日車で通った道では、桜が舞い散っていて素敵な感じでした。
新年度を迎えて、新たな人生を歩み始めた方々には、お祝い申し上げます。
一方で、被災されてまだ今後の人生計画も立てられない方のご心労はいかばかりか…。改めてお見舞い申し上げます。
さて、アイデアを生み出すときのロジカルなプロセスというか、発想の構造というか・・・。
先日お話しさせていただいた大学の先生方に触発されて、改めて考え中です。
本も2つほど紹介されて、早速amazonで発注しました。それは「創発による暗黙知」と「モード論」。
かなり難解な感じもしますが…(汗)
何とか読み切りたいと思っています。
ところで、問題解決の思考として、「原因分析型」と「ソリューションフォーカス型」の2系統があるようですね。
「世界は分けてもわからない」という本に代表されるように、分析ではなく物事の関連性に着目して問題を定義しようとする考え方や、原因を探るから堂々巡りになるのであって、最初からソリューション(解決策)を考える方がよっぽど生産的だという論旨。
一方で、表出化している問題は真の問題ではない可能性が高いから、本当の問題をつかむまで分析してみなければ本当の解決策にはたどり着かないという論旨。
・・・・
多分、どちらも正しいし、どちらも表現こそ違え同じことを言っているのかなと。
それは、本当の問題を定義することの大切さであり、それが要素還元的なのかシステム的な関連性にあるのかだけの話なのではと感じます。
きっと、それらを両方使うことが、真の問題の発見、再定義につながるのでしょうね。
・・・・閑話休題。
原因分析についての誤解は、「原因」を探るのではなくいつの間にか「責任追及」にすり替わってしまうことが問題なのだと思います。
今回のさまざまな問題についても、悲しいかな責任の所在論に終始してしまう。
本当に知りたいのは、技術的に何が原因でこういう事態を招いたのか?
それは、構造的(設計的)な話なのか、制度上のシステム的な問題なのかが、わからなければ改善策を考えようがありません。
今、その部分にものすごくジレンマを感じます。
・・・・
で、話を戻して、真の問題を発見し再定義した後の、解決アイデアの発想。
ここでもやはり、論理的な思考と直観的な思考の2つを使い分ける必要があります。
誤解を恐れずに言えば、左脳的な思慮深い発想と、右脳的なひらめきに依存する発想です。
多分、左脳では「抽象化された言語データ」→「具現化されたイメージ」→「これまでの知識経験」→「改善策の発露」という感じで思考探索をしていると感じています。
一方で、右脳では「問題を起こしているものに近いイメージの構築」→「何かに触発された解決イメージ」→「改善策の発露」という感じです。
どちらが良いかではなく、どちらの思考も使い分けることが自分の問題解決能力を高めるのではないかと思います。
では、そこでTRIZという理論が、どのような貢献をしているのか?
興味は尽きませんが・・・・もう少しうまく表現できるまで待ってくださいませ。
では、また。
新年度を迎えて、新たな人生を歩み始めた方々には、お祝い申し上げます。
一方で、被災されてまだ今後の人生計画も立てられない方のご心労はいかばかりか…。改めてお見舞い申し上げます。
さて、アイデアを生み出すときのロジカルなプロセスというか、発想の構造というか・・・。
先日お話しさせていただいた大学の先生方に触発されて、改めて考え中です。
本も2つほど紹介されて、早速amazonで発注しました。それは「創発による暗黙知」と「モード論」。
かなり難解な感じもしますが…(汗)
何とか読み切りたいと思っています。
ところで、問題解決の思考として、「原因分析型」と「ソリューションフォーカス型」の2系統があるようですね。
「世界は分けてもわからない」という本に代表されるように、分析ではなく物事の関連性に着目して問題を定義しようとする考え方や、原因を探るから堂々巡りになるのであって、最初からソリューション(解決策)を考える方がよっぽど生産的だという論旨。
一方で、表出化している問題は真の問題ではない可能性が高いから、本当の問題をつかむまで分析してみなければ本当の解決策にはたどり着かないという論旨。
・・・・
多分、どちらも正しいし、どちらも表現こそ違え同じことを言っているのかなと。
それは、本当の問題を定義することの大切さであり、それが要素還元的なのかシステム的な関連性にあるのかだけの話なのではと感じます。
きっと、それらを両方使うことが、真の問題の発見、再定義につながるのでしょうね。
・・・・閑話休題。
原因分析についての誤解は、「原因」を探るのではなくいつの間にか「責任追及」にすり替わってしまうことが問題なのだと思います。
今回のさまざまな問題についても、悲しいかな責任の所在論に終始してしまう。
本当に知りたいのは、技術的に何が原因でこういう事態を招いたのか?
それは、構造的(設計的)な話なのか、制度上のシステム的な問題なのかが、わからなければ改善策を考えようがありません。
今、その部分にものすごくジレンマを感じます。
・・・・
で、話を戻して、真の問題を発見し再定義した後の、解決アイデアの発想。
ここでもやはり、論理的な思考と直観的な思考の2つを使い分ける必要があります。
誤解を恐れずに言えば、左脳的な思慮深い発想と、右脳的なひらめきに依存する発想です。
多分、左脳では「抽象化された言語データ」→「具現化されたイメージ」→「これまでの知識経験」→「改善策の発露」という感じで思考探索をしていると感じています。
一方で、右脳では「問題を起こしているものに近いイメージの構築」→「何かに触発された解決イメージ」→「改善策の発露」という感じです。
どちらが良いかではなく、どちらの思考も使い分けることが自分の問題解決能力を高めるのではないかと思います。
では、そこでTRIZという理論が、どのような貢献をしているのか?
興味は尽きませんが・・・・もう少しうまく表現できるまで待ってくださいませ。
では、また。
by kuwahara_TRIZ
| 2011-04-11 21:55
| TRIZ